専門研修インタビュー

2022-10-01

船橋二和病院(千葉県) 指導医(専門研修) 宮原重佳先生 (2022年)

船橋二和病院(千葉県)の指導医、宮原重佳先生に、病院の特徴や研修プログラムについてなど、様々なエピソードをお伺いしました。この内容は2022年に収録したものです。

船橋二和病院

〒274-8506
千葉県船橋市二和東5-1-1
TEL:047-448-7111
FAX:047-447-9745
病院URL:https://www.futawa-hp.jp/index.html

宮原先生の近影

名前 宮原 重佳(しげよし)
初期研修プログラム責任者 指導医

職歴経歴 1961年に千葉県市原市に生まれる。1987年に千葉大学を卒業後、船橋二和病院に入職し、ローテート研修を行う。1989年に船橋二和病院に勤務する。1993年に沖縄県立中部病院呼吸器内科で呼吸器疾患や感染症の研修を行う。1994年に船橋二和病院に勤務する。1994年に千葉健生病院呼吸器内科に勤務する。2013年に船橋二和病院に副院長として着任し、南浜診療所で総合診療に携わるとともに、船橋二和病院初期研修プログラム責任者を兼任する。2017年に船橋二和病院総合診療専門研修プログラムを策定する。
日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医など。日本内科学会、日本呼吸器学会にも所属する。

船橋二和病院の特徴をお聞かせください。

当院は299床の地域密着型の病院です。急性期病棟だけでなく、回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟といった、いわゆる亜急性期病棟も手がけており、ケアミックス型の病院として運営しています。中小規模の病院ですが、小児科や産婦人科の病棟もあり、特に小児科の救急医療は船橋市の救急医療機関ネットワーク当番病院の一つであり、輪番制に加わっているため、小児の救急を診ていることも特徴の一つです。私も今日は小児救急を診てきましたが、成人の内科と同じぐらいの患者さんがいらしていました。内科と小児科をこのような形で学べる病院はなかなか珍しいのではないかと思っています。

宮原先生がいらっしゃる総合診療科の特徴もお聞かせください。

地域から色々な患者さんが来院されます。地域の病院ですので、救急をしっかり診つつ、リハビリも頑張っていますし、多職種協働の体制があることが特徴です。

船橋二和病院の総合診療専門研修プログラムの特徴をお聞かせください。

当院は内科の専門研修プログラムも並行して持っているので、区別がつきにくいかもしれませんが、私どもの中ではきちんと分けています。総合診療科に関しては地域から様々な患者さんが来られるので、多彩なスキルを学べますし、総合的な力をつけたい人には最適な環境です。プログラムの狙いとしては病院総合医を育てたいのですが、まだ病院総合医のイメージが固まっていません。大学病院や大規模な病院の病院総合医は色々な技術を持っているイメージがありますが、当院のような中小規模の病院では病院家庭医というイメージで育てることが目標です。当院で実際にどういうことができるかというと、救急も色々な病棟の患者さんも診られますし、外来や在宅医療も含め、多くの分野をまんべんなく学べます。指導体制については内科の指導医と協力して、幅広く指導しています。総合診療科の専攻医は専門医の先生方との関係が難しいと聞くことがありますが、当院は各科の垣根もないので、アットホームな雰囲気で研修できています。

3年間のプログラムは珍しいですね。

関東地域では珍しいプログラムではないでしょうか。ほかの病院のプログラムは4年間が多く、そのうち離島や僻地での研修が義務づけられています。しかし当院の場合は千葉県内で完結できますし、3年で資格が取れるので、女性医師にとっては入りやすいプログラムです。女性医師に限らず、家庭を持っていると、離島や僻地には行きにくいですしね。また、当院の同一法人内にある南浜診療所の総合診療プログラムは歴史あるものです。こちらのプログラムもお勧めです。

船橋二和病院の総合診療科で研修された先生方はどのようなキャリアアップをされていますか。

当院は家庭医を育成していた時代が長かったので、診療所の所長として活躍することもできますし、さらに高いレベルを求める場合は総合診療医の力をつけたあとで、ほかのプログラムで在宅医療を学ぶなど、様々な形でキャリアアップが可能です。総合診療のプログラムを選ぶ人は専門性の高いものを目指すよりは総合的に学びたい人たちですので、診療所で何年か経験を積んだあとで診療所長として働いている人もいます。

カンファレンスについて、お聞かせください。

カンファレンスはとても大事だと思っています。急性期中心の病院のカンファレンスはやはり病気について詰めていく内容になりますが、当院では看護師、リハビリスタッフ、ソーシャルワーカー、病棟の事務スタッフなどと一緒に多職種参加型のカンファレンスを行っています。特に急性期を終えたあとのポストアキュートでは退院するまでに残っている問題を明らかにしていくので、医師よりもコメディカルスタッフが中心となって進めることがあります。そうした多職種協働をカンファレンスで行っているのが当院の特徴です。もう一つは退院前の合同カンファレンスで、在宅で診てくれるチームとのカンファレンスを頻繁に行っています。

専攻医も発言の機会が多いですか。

専攻医が中心になって進めています。専攻医研修が始まった頃の退院前のカンファレンスでは在宅でどういう医療が行われるのか、あまりイメージできなかったりもしますが、学んでいくうちにすらすら話せるようになります(笑)。

女性医師の働きやすさに関してはいかがでしょうか。

当院は女性医師が40%近くを占めており、最近の医学生の男女比率とほぼ変わりません。年齢が上がっても、この比率を保っているんですね。それを可能にしているのは結婚して、出産して、子育てをしてというときに上級医に理解があり、支えてくれる雰囲気があるからです。院内保育所も病後児保育施設も完備していますし、サポート体制が充実しています。小児科の医師がいるので、病後児保育施設も可能なんです。そのため、産婦人科、小児科を目指す医学生が初期研修先に選んでくれることも多いです。働きやすい病院ですので、女性医師の皆さんに是非いらしていただきたいです。

先生が大学卒業後に船橋二和病院に入職されたのはどうしてですか。

私の母校では90%近くがそのまま母校の医局に入局していましたが、当時から本当に力をつけたかったらスーパーローテートができる病院で研修すべきだという声があったんです。船橋二和病院では私が卒業する前からスーパーローテートの研修をしていましたし、そこから誘われたのがきっかけで当院に来ました。でも、その選択は全く間違っていませんでしたね。最初から専門的なところに入ってしまわず、広く学べたのは良かったです。ただ、総合的な力とは別に専門性を持っておいた方がいいという考えを上司が持っていたので、スーパーローテート研修後に呼吸器内科を学びました。でも私自身は呼吸器内科医ではなく、呼吸器内科が得意な総合診療医だと思っています。

サブスペシャリティとして、呼吸器内科を選んだのはどうしてですか。

病院の事情からです。上司に一番不足しているのが呼吸器内科だからと頼まれたのがきっかけなので、偉そうなことは言えません(笑)。これが本音ではありますが、気取ったことを言わせていただくと、私は小児喘息を持っており、子どもの頃に吸引をしたり、苦しんだ経験があります。成人になっても苦しむ人がいるということも知っていたので、そういう診療科で力を発揮できればと思いました。小児喘息があったことで、本当は小児科医になりたかったのですが、当時の当院には小児科医を目指す研修医が多かったので、「君は小児科医にはならないでほしいな。呼吸器内科医になって、成人の喘息を診ていけばいいじゃない」と口のうまい上司から言われたんです(笑)。小児科医になっていたら、また違う人生だったのでしょうが、呼吸器内科は総合診療科と通じるところもあり、色々なことを学べたので良かったです。私は医師になって35年で、卒後ずっと同じ病院にいますが、30年ほどお付き合いしている患者さんがいます。これはなかなかできないことですし、地域の病院で働いていることのメリットですね。患者さんが若くて元気だった頃に知り合って、介護生活が始まって辛くなって、喘息も出て「先生、もう駄目だよ」と言われるのですが、「そんなこと言わずに頑張ろうよ」と言ったりする診療は総合診療科と通じます。

先生の世代でスーパーローテートをされたのは珍しいですよね。

日本の病院全体では珍しいのですが、当院が属する民医連の中では珍しいことではありませんでした。単科に入り、専門医になってしまうと、総合的な力がつきにくいので、色々な科でそれぞれの特徴をしっかり身につけてから、専門に進もうというのは当時としては先進的でしたね。今の総合診療医を見ていますと、力はついているのですが、何か自信がなさそうなところも伺えます。総合診療をいくら勉強しても、深くて広い分野をさらに深めていかないといけないイメージになっているんですね。その意味で、得意な分野を持つ総合診療医というのは今の総合診療専門医とは方向性が違いますが、良かったのではないかと思っています。

先生の研修医時代の思い出をお聞かせください。

私の頃は野蛮な時代で、病院に長くいて、多くの経験を積むことが良い医師になる秘訣だと言われていました(笑)。思い出と言えば、あるベテランの指導医の先生のことです。肺がんの患者さんが苦しんでおられたのですが、薬を使うとすぐに呼吸が止まってしまいそうで、私は何もできず、患者さんの手を握りながらどうしようと焦っていたところに、外来を終えた指導医の先生が病棟に上がってこられたんです。「何をやっているんだ。モルヒネを持ってきなさい」と言われ、モルヒネを注射されると、その30分後に呼吸が止まり、亡くなられました。最初は「この先生は何てことをされたんだ」と思いましたが、患者さんのご家族の反応は違っていました。その先生に「ありがとうございました。お蔭様で楽に死ぬことができました」と言っているのを見て、医師には勇気が必要なのだと痛感しました。当時はまだ緩和医療が知られていない時代でしたが、苦しみ抜いて最後を迎えるのは厳しいことであり、苦痛を取ることが何よりも優先すべきことなのだと学びました。それまでは何とか治すことが大切なのだという気持ちでいましたが、大切なことはまた違うのだと理解できた大きな出来事となりました。その後、私の中では緩和医療も大事なテーマとなりました。緩和医療ではご家族との信頼関係を築いたうえで、ご家族の気持ちまで含めてサポートしなくてはいけません。ただ、最近は急性期医療を過ぎたあとの緩和医療となると、別の医師が担当することが多く、急性期医療から継続して診ていくことが難しくなっています。その先生はご家族との信頼関係があったからこそ、「モルヒネですぐに楽にするんだ」とおっしゃり、ご家族もそれを受け入れてくださったのでしょうが、急性期と緩和ケアで違う医師となると、そういった信頼関係を築きにくいです。その先生は教育熱心なタイプではありませんでしたが、その教えをくださったところはとても感謝しています(笑)。

沖縄県立中部病院ではどのような研修をなさったのですか。

呼吸器内科の宮城征四郎先生から教えを受けたかったからです。たまたま当院の先輩のコネクションがあり、3カ月という短い期間でしたが、研修することができました。中部病院で学んだことは大きかったですね。宮城先生は現在、群星沖縄臨床研修センターの名誉センター長でもいらっしゃり、臨床研修でも有名になられた方ですが、本当に患者さん思いで、勉強熱心な方なんです。若手医師がとても太刀打ちできないぐらいの知識量でした。臨床研修についても語り合う中で、ヒントがありました。宮城先生は大勢の患者さんを診ないと良い医師にはなれないとおっしゃり、負荷をかけていかれるのですが、それで逃げ出したり、潰れたりする研修医もいました。私も最初は「こういう研修医は駄目だな」と、宮城先生に共感する気持ちがないわけではなかったのですが、今からすれば間違っていましたね。多くの数を診るのは記録に残る研修です。でも肺炎の患者さんを100人診たとしても、一人一人の顔や悩み、何が辛いのかといった患者さんとの記憶が残りません。記録に残る研修よりも記憶に残る研修をした方が研修医にとっては良い研修なのではないかと思い直し、当院での研修を変えていく方向に繋がりました。数を診るよりも患者さん一人一人と良い関係を築き、一緒に良い医療を作りながら、医師もそこから学ぶという方向ですね。それでも中部病院での研修で学べたことは大きく、私の医師としての骨格になっています。

専攻医に指導する際、心がけていらっしゃることはどんなことでしょうか。

様々な専攻医がいますので、個別性を大事にしながら、専攻医の成長を妨げないようにしたいです。専攻医が「こういうことをやってみたい」と言ってきたときにはできるだけさせてみることを心がけています。最終的にはチームのリーダーとして、スタッフと一緒に医療を提供できるようになってほしいので、多少おかしなことをしていると気づいても、あまり止めず、できるだけ自主性を尊重して「少しやってみようか」と勧め、あとで振り返りをしながらフィードバックをしています。こちらが「ああしろ、こうしろ」と接してしまうと自主性のない研修になるので、専攻医研修としては良くないです。裏返して言うと、はっとさせられること、突拍子もないことをしてしまう専攻医はあまりいませんが、ときどき「そういうふうに考えるのか、すごいな」と思える専攻医に出会うと嬉しいですし、どこまで成長できるのかが楽しみになります。

今の専攻医を見て、いかがですか。

現在、総合診療科にいる鈴木瞭介先生は優秀で能力も高く、成長を妨げないようにするにはどうしたらいいのかなと思っています。将来は在宅医療ができる医師になりたいとのことで、それに必要なスキルをどう伸ばすといいのか、一緒に考えたいですね。今朝も救急外来で一緒だったのですが、新型コロナウイルスに感染した患者さんも大勢いらっしゃる中で救急車にも対応して、発熱している方を診たり、療養中の悩みがある方の話を聞いたりと、どちらが指導医なのか分からないぐらいでした(笑)。

現在の臨床研修制度について、感想をお聞かせください。

制度開始直後は2年間しっかりローテートするプログラムでしたが、選択期間が長くなったり、外科などが必修として復活したりと変遷を辿ってきました。しかし初期研修よりも専攻医研修が大きく変わったため、初期研修の1年目の夏ぐらいには専攻医研修の病院をどこにするのかと動き出す人も増えてきました。初期研修は広く学べる折角のチャンスなのに、専門医制度のマッチングが早い者勝ちになり、専攻医としてどこの病院に就職するのかを考えなくてはいけなくなると、初期研修の病院は就職予備校化してしまいます(笑)。今の初期研修医は気の毒ですよ。今の制度の良いところが半端なものになってしまいそうではありますが、初期研修医の皆さんには2年間は幅広くローテートして、自分がどこに向いているのかを見極めてほしいです。

現在の専門医制度について、感想をお聞かせください。

レポートの負担が大きくなり、専攻医はもちろん、指導医の先生方もひいひい言っています(笑)。でもレポートを残すこと、それをマネージすることは大切です。以前はやりっ放しが多かったので、後期研修医にメリットがなかったのですが、制度化したことで、偏った技術ばかり教えていくことが通用しなくなり、標準化した技術を伝えていくことができるようになりました。

これから専攻医研修の病院を選ぶ初期研修医にメッセージをお願いします。

私は中部病院にわざわざ行き、短い期間ではありましたが、指導医の先生の人となりを学ぶことができました。専攻医研修は医師として学んでいく基礎固めの時期なので、この医師に学びたいという思いや、その病院やその地域医療をしたいという思いがあれば、そこに飛び込んでいきましょう。私は早く一人前になって患者さんのためになりたいという思いがありましたが、最近の先生たちは何となく心配なのか「学ぶために学ぶ」「資格を取るために学ぶ」という姿勢が表に出過ぎてしまい、学ぶことが目的化していることを危惧しています。学ぶことはあくまでも手段です。学んだ知識をどこで活かすのかというところまで考えてから、病院を選んでほしいですね。専攻医研修にあたってはこういうところで働きたい、こういう力を身につけたい、だからこの病院を選ぶというような自問をしましょう。それが決まると、自ずと良い研修先が見つかります。最近は研修先でうまくいかずにほかの病院に移る人も増えてきましたが、その背景には専攻医研修のマッチングが早い者勝ちになっていることがあるのかもしれません。初期研修では伸び伸びと研修してください。そして自分の目指す医師像をしっかり持って、専攻医研修先を決めてほしいです。当院に来てくだされば、しっかり指導します。