指導医インタビュー

社会医療法人社団 新都市医療研究会[関越]会

関越病院

埼玉県鶴ヶ島市大字脚折145-1

名前
内田 昌嗣(まさつぐ) 副院長兼診療部長、研修プログラム責任者
職歴経歴
1957年に東京都に生まれ、豊中市、横浜市で育つ。1986年に延世大学校医科大学を卒業し、埼玉医科大学病院で研修を行う。1988年に埼玉医科大学第二内科に入局し、富士吉田市立病院に勤務する。1989年に埼玉医科大学病院に勤務を経て、1999年に関越病院に勤務する。2011年に関越病院副院長、研修プログラム責任者に就任する。専門は内科、循環器科。日本循環器科学会専門医など。

関越病院の初期臨床研修の特徴をお聞かせください。

一つ目は多彩、かつ豊富な症例で研修することです。二つ目は指導医とのマンツーマン教育、指導であり、安心して実際の診療を経験し、座学だけでは得られない知識や技術の習得を目指せることです。三つ目はチーム医療を実践できることです。様々な職種の熟練した職員との触れ合いは医学だけではなくて、医療を知る機会であり、また人間性を磨く絶好の機会です。

プログラムの改定について、お聞かせください。

当院の研修はpatient oriented medicineを目指しています。したがって、最初の初期研修の目的から逸れることなく、内科、外科、産婦人科、小児科、精神科、地域医療研修を維持し、新しい内容にも対応した研修プログラムになっています。

指導される立場として心がけていらっしゃることを教えてください。

私の診療方法を見てほしいというのがまずあります。見せてはいけないものまで見せているかもしれませんけどね(笑)。最近は専門分化が進み、自分の専門しか診ないという医師もいるようですが、できるだけ診てさしあげるという姿勢を身につけてほしいと願っています。

最近の研修医をご覧になって、どう思われますか。

ものの考え方や人間性は私たちの頃と変わらないですよ。ただ、以前のような封建制度が今はありませんし、上下関係に縛られることでのルールを知らないだけのような気がします。女性医師も増えてきましたが、私が所属していた埼玉医大は以前から女性医師が多い職場でしたので、女性医師への偏見はないですね。

以前に忘れられない、すごい研修医がいたという経験があれば教えてください。

研修された先生方、それぞれの思い出が残っています。初期研修が始まった頃は病院のスタッフも、指導医も、研修医も暗中模索でした。研修医の先生方との出会いを重ねることで、私どもの経験値も上がっています。最近は明るく研修を楽しんでいる研修医ばかりで驚いています(笑)。忘れられないと言えば、最初に行った臨床研修病院でうまくいかず、当院で初期研修をやり直した人のことでしょうか。勉強嫌いということは決してなく、周りとうまくやっていくことが苦手なタイプだったのです。私たちもきちんと向き合い、当院で何とか初期研修を終えてもらうことができました。今はほかの病院で頑張っているようで、嬉しく思っています。

研修医に「これだけは言いたい」ということがあれば、お聞かせください。

社会から期待されている医師の役割を実践してほしいです。患者さんに対して、これしか診ないという姿勢はいけません。高齢の患者さんであれば色々な病気を持っていることが多いので、ゆっくり話を聞き、しっかり診るということですね。そして、自分の手に負えないものは専門の医師に紹介します。そのときも、ただ「行って」と言うだけではなく、「専門の先生にお願いしてみますから、行ってきてくださいね」と言うことが大切です。もちろん、一人の医師が全ての領域に詳しくなるのは難しいです。私は内科医ですから、整形外科領域の骨などについては不勉強です。しかし、コンシェルジュ的役割として、患者さんに専門医をきちんと紹介することを心がけています。

現在の臨床研修制度についてのご意見をお願いします。

多くの症例を診ることができるので、良い制度と言えるでしょう。今後、一人で当直しても、経験があるので、怖くないはずです。過去に診たことのないものにあたってしまうのは恐怖ですし、どんな検査が適切なのか、すぐに思い浮かぶことができなくなり、最悪の場合、患者さんを断ってしまいます。それは医師としてあってはならないことです。初期研修で症例や治療の入り口を知っておく経験をしっかり積んでおくことが一人立ちしたあとでの底力となります。スーパーローテートでの経験で医師としての「基礎学力」がつくと期待しています。
 また、現在の研修制度の恩恵で、指導医のレベルも上がりました。医局からの派遣医師ばかりですと、指導する機会がありません。しかし、研修医に教えるとなると、指導医も勉強しますので、レベルを上げていくことができます。一般病院が臨床指定病院になることの意味はここにありますね。結果として、地域医療の質が上がり、地域住民の方々の満足度の向上に繋がっていくのではないでしょうか。

初期の研修期間の短縮なども議論されていますね。

私自身は2年間の内科研修を終えてから大学の医局に入局しました、それでも、受け持ちの患者さんの病状で困ることが度々ありました。また、入局して年数を重ねていくと、専門の診療に限られるようになります。関越病院に入職してしばらくは、実際によくある疾患と言われる病気を診ることに自信がなくて、頼りなかったですし、周りのスタッフに迷惑をかけたと思います。医師になった最初の時期に多くの症例を経験しておくことが大事です。経験がないと、怖いものです。経験値の低い医師は頼りなくて、信頼されません。社会から望まれている医師像を私たちが実感して知っているならば、答えは自ずと見えてきます。

地方への強制配置という案も出ていますね。

先日、NHKのETV特集で「わがまちに医師を~地域医療と霞が関の半世紀~」を見ました。日本医師会は武見太郎先生、坪井栄孝先生が会長でいらした頃、フリーダムな開業を進めてきました。でも、福島で坪井病院を開業されている、息子さんの栄保先生は「福島から医師がいなくなってしまう」とおっしゃっていたのが印象的でした。都市部への医師の偏在を解消するためにも、地方の臨床研修病院の定員を増やした方がいいと思います。ある程度、縛ることが必要になるでしょう。

最後に、これから初期臨床研修病院を選ぶ医学生に向けて、メッセージをお願いします。

医師になってすぐの時期に多様な疾患を経験するのは財産になります。ブランド病院では患者さんに直接、触る機会や研修医一人当たりの症例が少ないです。症例が多く、研修医の少ない市中病院で、しっかり研修することをお勧めしたいと思います。