指導医インタビュー

医療法人 徳洲会

大隅鹿屋病院

鹿児島県鹿屋市新川町6081番地1

名前
田村 幸大 先生
大隅鹿屋病院副院長、同内科部長
職歴経歴
昭和48年  静岡県に生まれる
平成10年3月  長崎大学医学部卒
平成10年5月  大隅鹿屋病院臨床研修医
平成12年4月  福岡徳洲会病院内科
平成13年2月  名瀬徳洲会病院循環器科
平成13年5月  徳之島徳洲会病院内科
平成14年5月  湘南鎌倉総合病院内科チーフレジデント
平成15年5月  大隅鹿屋病院内科
平成16年6月  同内科医長
平成18年11月 同内科部長
平成24年1月  同副院長
平成25年5月 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科卒業、医学博士
学会等
日本内科学会総合内科専門医・指導医
日本腎臓学会専門医・指導医
日本救急医学会救急科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会認定医・指導医
日本病院総合診療医学会認定医
ICD制度協議会感染管理医師
日本医療経営実践協会医療経営士3級

大隅鹿屋病院の特徴をお聞かせください。

当院のある大隅半島と言うところは、東京都と同じくらいの面積があり、25万人の人が住んでいます。広大な地域ではありますが、急性期の医療を提供する病院は少なく、当院は唯一の基幹型の臨床研修指定病院であり、心臓血管外科の領域に関しては地域内で唯一診療科を持っている病院です。
救急期の患者さんに関しても地域内で1番受け入れておりますので、この非常に広い大隅半島の中でも急性期医療を支えている病院だと思っています。それに加えて急性期としての役割だけでなく、当院では入院から退院後までここで一貫してフォローさせて頂いています。大都会の病院では、急性期の病院があり、回復期の病院があり、慢性期の病院があると言った病院毎の機能分化がきちんとされています。しかし、当院の場合はもちろんかかりつけがいらっしゃる患者さんはお返し致しますが、基本的には研修医が「病院の入口から出口、その後の外来まで」と言う形で、入院してから退院後の外来まで同じ患者さんに携われるという事が特徴だと考えています。
急性期の患者さんに関しては、当院より高次の医療機関に転送するという事は稀で、ほとんどは頑張って受け入れているので、初期にしろ、専門研修にしろしっかりと症例は確保出来ると思います。

大隅鹿屋病院の内科プログラムの特徴を教えてください。

内科に関しては、循環器内科のみ独立した診療科として設定しているので、循環器領域以外は「内科」と言う形で対応しております。当院では臓器別に科を回っていくというスタイルでは無く、総合的に対応させて頂いております。例えば、入院患者さんの中には腎臓が悪い人がいたり、糖尿病の患者さんがいたり、高齢者の方は複数の疾患を持っていたりするので、それを同時進行で受け持ち、マネジメントする能力を学んでいきます。

大隅鹿屋病院は大隅に最新の医療をつくる。という取り組みをされていらっしゃいますが、具体的に、どのような事を行っていらっしゃいますか。

病院全体と言う形であれば、心臓血管外科領域は地域内で唯一になります。それぞれの診療科においても、この地域では「最後の砦」としての役割を果たしているので、全ての面において標準的な医療を行う事を病院として心がけています。現時点で、病院で対応出来ないものがあれば、外部に勉強しにいくなどして取り入れるようにしています。それは大学病院が担うような最先端の医療を提供すると言う事ではなく、日々更新されていく治療ガイドラインや新薬についてしっかり学び、病院としても大都会と変わらない水準の医療を提供できるように取り組んでいます。
 内科に関しても同じで、例えば、最近では肺がんの患者さんが増えてきているのですが、肺がんのガイドラインも頻繁に変わってきますし、新薬が市場に出てきたらすぐに取り入れるようにしています。

従来の後期研修と新しい専門医制度に変わってからの違いはいかがでしょうか。

当院の内科研修に関しては大きく変わった感じはしないです。後期研修の時代でも部位別で入局すると言う形では無く、「内科」として全てを見ると言う形を取っていたので、比較的に対応しやすかったです。実際に専門医制度に移行して、プログラムを申請するにあたっても、必要とされる疾患はすでに網羅出来る環境でしたので、問題ありませんでした。連携施設での研修については、鹿児島県内の徳洲会グループで研修を受ける形になると思います。

大隅鹿屋病院で研修を受けると、専攻医はどの様なスキルが身につけられますか。

大変そうな症例でも患者さんをどんどん受け持っているので、主治医としてのマネジメント能力は確実に身に付くと思います。と言うのも、例えばマルチプロブレムを持っていらっしゃる患者さんに対してリードする人がいないと、最近話題になっているポリ・ファーマシーと言った問題に直面します。当院の研修ではどんどん患者さんを主治医として受け持ってもらうので、もちろん必要なものは専門の先生方に助言を受けますが、リーダーとして長期的な視点で患者さんをマネジメントする能力は身に付ける事が出来ます。また、前にもお話ししましたが、当院では「入口から出口、その後の外来まで」長期的にフォローアップしておりますので、一人の患者さんに対して入院だけのマネジメントだけでなく、外来でのマネジメントまでしっかり出来ると思います。

大隅鹿屋病院で研修を終えた方はどの様なキャリアアップが望めますか。

研修が終わってそのまま残ってくれる人も結構います。残ったうえで、学びたい事があれば当院から給与を出して、研修という形で他院に行っている人もいます。そういった形で、当院に残る道を選んだ医師に対して、勉強したい事や興味のある事で、ここで提供できない場合には、フォローアップを行っています。あとは当院に在職したまま大学院に行っている人もいます。僕もここに在籍したまま、病院から学費を出してもらって鹿児島大学の大学院を卒業させて貰いました。だから根性があればそういった事も可能です。大学院に通っているからと言って病院での業務量が少なくなるわけではないので、すごく大変ですが・・・(笑)。

先生の研修時代はどの様にお過ごしだったのでしょうか。現在の研修との違い等があれ教えてください。

僕もここで初期研修を受けておりました。振り返ってみて今と全然違うと思うところは、今の研修医は患者さんへの医療の質を守りつつ、医療者としてトレーニングが出来る環境になったと感じています。とてもここでは書けませんが、僕が研修医の時は今と全然違いました(笑)。当院だけでなく、昔は研修医に一人でどんどん実践させていたところもありましたが、どんどんやらせすぎると患者さんへの医療の質は落ちてしまいます。かといって患者さんへの医療の質の事ばかりを考えすぎて、上級医が何でもやってしまうと、トレーニングにはなりません。今は時代的に、患者さんへの医療の質とトレーニングの両方を追及してやっていこうと言う流れになっておりますので、時代が変わったなと感じています。

先生が内科の分野に進まれた動機をお聞かせください。

正直な事を言うと、内科医になるつもりは全く無かったんです(笑)。昔当院が313床しか無かったころ、常勤医が10人しかいない時がありました(現在は391床)。その時僕は2年目の研修医だったのですが、その時の院長より「悪いけど1年間内科で頑張ってくれんか」と言われました。当時は救急とか外科が好きでしたし、外の病院にも行ってみたいと思っていましたが、上の先生方には大変お世話になったので、じゃあ1年間頑張ってやってみようと思って今に至っています(笑)。だから実は決意も何もなく、内科医になりました。ただやってみたらある意味面白かったというか、時代が変わったと感じるのは、徳田虎雄先生が徳洲会病院をどんどん建てていた時は、救急と言えば交通外傷が中心でしたが、今は救急車で運ばれる2人に1人は内科系の患者さんです。もともとは救急車で来た人に的確なアセスメントをして、適確な治療をして状態を立ち上げたいと思っていたので、そういった意味では内科に進んだのは間違いでは無かったのかなと考えています。今思えば自分が目指していた医師像と今の自分とで大きな乖離は無かったのかなと感じています。

田村先生が指導される立場として、心がけていらっしゃることを教えてください。

主治医としての自覚を持ってもらうと言うか、これからの時代はマルチプロブレムを持っている患者さんもより増えていくので、リーダーとしてマネジメント出来る医師が求められます。なので、どんな患者さんが来てもしっかりマネジメントが出来る能力を身に付けさせたいと考えて指導しています。また、僕自身は、自分が習って出来るようになるという事はすごく嬉しいと感じるんですよね。特に医療と言う仕事においては何か出来るようになったという事は、患者さんに対して何か新しい事が提供出来たり、治療の引き出しが増えたりするという事なので、それが純粋に嬉しかったなと思う事もたくさんあります。指導する中で、研修医の先生にも同じ喜びを味わってもらいたいと思っています。

最近の研修医や専攻医をご覧になって、どう思われますか。

昔よりも良く勉強されていると思います。自分が受けていた医学教育よりも今は教育水準も上がっていて、より臨床で活きる知識を身に付けてきていると感じています。書籍も昔に比べて充実していますし、ネットで情報も幅広く収集出来るので、そういった意味でも昔と違うなと。また、これはデメリットという訳ではないですが、「気合い」と言うものに関しては昔の方があったのかなと思います。昔は初期研修自体が、一人でやらなくてはいけない事も多々あって、非常にストレスフルな環境だったんですよね。それで患者さんにも迷惑をかけた事もたくさんあったと思います。だからこそ自分で何とかしなくちゃいけないと言う意識は今よりも強かったですね。でも気合いだけじゃ人は治せないですからね。もちろん気合いも必要だけど知識も必要だと思います。そういった意味で昔と今は大きく変わったなと思っています。

「印象的な専攻医がいた」というエピソードがあれば、お聞かせください。

大器晩成型の先生がいましたね。その人は、研修医時代はあまり仕事がテキパキとこなせるタイプではなくて、看護師から質問されてもすぐに答えられず、一見頼りなく見えちゃう。ただじっくり腰を据えて勉強するタイプだったので、長い時間をかけて信頼されていく人はいました。研修医時代は頼りないと思われていたのが、長い時間をかけてコツコツ勉強をしていく事で、結果的に5~6年経った時にはすごく伸びて行っていて、周りからも頼りにされるようになっていました。それを見て僕自身、そういう勉強の仕方もあるんだなと勉強になりました。特に徳洲会は救急に力を入れているのもあって、テキパキ指示が出来る人が良い医者と思われがちですが、決してそうではないんだなと。じっくり患者さんに向き合って信頼されている姿を見て、僕らも反省しなくてはいけなかったなと思うところはありました。

専攻医に「これだけは言いたい」ということがあれば、お聞かせください。

先ほど述べた主治医としての意識を持つ事もそうですし、常に知識をアップデートしていく姿勢が重要だと伝えたいです。知識と言うのは単純な医学知識だけではなく、患者さんに寄り添う為にも、それ以外の事も学んでいく事が良い医師になる道だと思うので、学びをずっと続けていく。そんな覚悟を持って仕事をしていってもらいたいと言いたいですね。

これから研修病院を選ぶ初期研修医に向けて、メッセージをお願いします。

病院を選ぶうえで、医師数や病床数と言った病院のスペックを重視する事も大事だと思いますが、自分が現場に入った時にどれだけ裁量権を与えられて、頭を使って診療できる環境であるかを考えて頂きたいと思っています。僕がよく例えるのが、「バッターボックスに立たせてもらえるかどうか」という事です。野球の強豪校に入っても、試合で打席に立たせて貰えなければ、絶対に実力は伸びません。打席に立つことで、例えその時が三振であってもそれが次への糧になります。これは研修でも同じで、自分が考えて実践する事で身に付くものも大きいはずです。さらに加えるならば、フィードバックしてくれる環境があるか。そういった視点で病院を選んでいってもらえればと思います。そしてそういった環境を当院では用意してあげられると思うので、ぜひ一度見に来てもらえたらと思います。
僕自身も医学生の時にそういった環境を見て、この病院で働こうと決めました。研修先を選ぶ際には、徳洲会系列の病院に行こうと決めてはいたのですが、福岡県や神奈川県の病院に行こうと思っていて、大隅鹿屋病院に入るつもりは0%でした(笑)。ただ6年生で見学に来た時に、症例はたくさんあったし、フィードバックしてくれる先生もきちんと居て、自分が頑張ればどんどん実践させて貰えるのではないかと言う期待もあって選びました。実際に初期研修を終えて、都会の徳洲会病院で勤務する機会があった時に、勉強が足りなかったなと思うところもあった反面、とんでもなく足りていなかったとは決して思わなかったです。加えて、実際色んな症例に携わる中で、他の都会で研修を受けた先生よりも多くの経験を積めていました。その時に感じた事が、病院の規模で研修の良し悪しが決まるのでは無く、日々患者さんと接する事が何よりも力になるという事でしたね。なので、これから病院を選ぶ医学生や研修医の先生に関しても、そういった視点で病院を選んで頂ければと思います。

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