指導医インタビュー

地方独立行政法人 北九州市立病院機構

北九州市立八幡病院

福岡県福岡県北九州市八幡東区尾倉2丁目6番2号

名前
岡本 好司 先生
職歴経歴
大阪府に生まれる。1985年産業医科大学医学部卒業後、同年に産業医科大学第一外科に入局。1992年に産業医科大学大学院を卒業後、産業医科大学にてキャリアを積み、2011年同大学准教授に就任。また、同年より北九州市立八幡病院 消化器・肝臓病センター長並びに外科主任部長に着任。その後、佐賀大学医学部救急医学客員教授や産業医科大学第一外科学臨床教授を併任、2014年に北九州市立八幡病院 統括部長に就任。2015年に北九州市立八幡病院の副院長 兼 同センター長に着任。2019年に同病院が独立行政法人化した事に伴い、地方独立行政法人 北九州市立病院機構 北九州市立八幡病院の副院長 兼 同センター長として現在に至る。
学会等
日本外科学会 専門医・指導医
日本消化器外科学会 専門医・指導医
日本消化器病学会 専門医・指導医
日本肝胆膵外科学会 高度技能指導医
日本消化器内視鏡学会 専門医・指導医
日本肝臓学会 専門医・指導医
日本腹部救急医学会 腹部救急暫定教育医・腹部救急認定医
日本Acute Care Surgery学会 Acute Care Surgery認定外科医
日本血栓止血学会 血栓止血認定医
American Gastroenterological Association 所属
International society on Thrombosis and Haemostasis 所属 など

北九州市立八幡病院の特徴をお聞かせください。

当院は中規模病院としてフットワークの良い病院です。特色として、①救命救急医療 ②小児救命救急医療 ③災害医療の3点があります。特に災害医療については、北九州市の政策医療としての観点から、有事の際には当院が中心として様々な医療の指令を出す形となります。従って、常に災害や外傷などを念頭に置きながら医療を提供しています。それと北九州市は100万人近い政令都市ですが、救命救急センターは2施設しかなく、当院はその一つとして北九州市西部医療圏の50~80万人の救命救急を担っています。

北九州市立八幡病院の研修の方針や、先生の教育理念についてお聞かせください。

「知識を使って病気を診る医師」を育てるのではなく、「現場で手を動かして、患者さんと接して、病を患者さんと一緒に治していく医師」を育てるのが、私の理念であり、この病院の教育コンセプトとしています。これまで健康だった人がある日突然、病に苦しんだり、災害にあったりする事もあるでしょう。その時に全人的に患者さんに寄り添える医師を育てるのがこの病院に課せられた使命だと考えています。

先生がいらっしゃる外科の特徴をお聞かせください。

私が着任するまで当院の外科は、医師が6名ほどの小さな外科でしたが、私が着任してからは、倍の12名ほどになりました。私は大学病院でがんなどの大きな手術を経験すると同時に、救急医療の外科手術もやってきました。私がここに呼ばれた時にやらなくてはいけなかった事は、大学病院で培った経験や知識を還元して、出来るだけ当院で完結できるような外科の手技、患者さんの機能をなるべく損なわないような手術、そして内視鏡外科など最先端の手術を取り入れて、救急から通常の手術まで全てに精通できる外科医を育てる事でした。着任して7年になりますが、外科医も増え、手術数も着任前より倍に増えていますから、だいぶ浸透してきたかなと思います。がんの手術ももちろん行っていますが、交通事故で肝臓が破裂した患者さんや、特殊な例でいけば拳銃で撃たれたり、刃物で刺されたりした患者の手術も行っています。当院の外科医はベテランが多く、若手でも9年目の医師で、非常に充実しており、今後もバリバリの外科医が入ってくる予定です。私は大学病院で26年間教官を務めておりましたので、教え子たちが来てくれますし、オールジャパンの学会の理事も4学会程させて頂いておりますので、その関係で全国の外科医の先生とのご縁も出来ています。

北九州市立八幡病院の初期研修の特徴もお願いします。

当院の研修医の定員は1学年2名となっております。私が当院に来た時は研修指定病院から外れておりました。私がここに呼ばれた理由の一つが、大学病院で研修医の教育もしておりましたので、その経験を活かして、研修センターを再建する事でした。近年はフルマッチを続けており、当院の規模を考えると6名ほどの定員があっても良いので、厚生労働省や県に定員数を増やして頂ける様働きかけています。現在1学年2名という少数精鋭の研修体制なので、1人に対する指導医の数は全国トップクラスだと思いますし、濃密な2年間の研修が受けられると思います。実際に、今1年目で外科を回っている研修医は小さな手術の執刀まで指導されています。これはなかなか出来る事では無くて、少数精鋭の定員かつ指導医が充実している当院だからこそ出来る事だと考えています。外科だけでも11名の指導医がおりますので、様々な視点からの指導やアドバイスも出来ます。非常に濃厚な研修ですので、大変と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は「鉄は熱いうちに打て」という様に若い医師には多くの経験を積ませる様に心がけています。

指導される立場として、心がけていらっしゃることを教えてください。

「病気を診る」だとか「病気の知識を得る」という事は今の医学生や若い先生方は非常に熱心なのですが、「全人的に人を診る」という部分は疎かになっていると思います。「病気」を診るのではなく、「人」を診ることが一番重要だと思っていますので、そう出来る医師を育てるように意識しています。また、古い言葉で「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び」という言葉がありますが、医師という職業はそういった側面もあるので、若い研修医の皆さんにはそういう職業であるという事を伝える様にしています。今後長い医師人生の中で、厳しい事や辛い事もたくさんあります。初期研修の2年間でそういう事を知り、経験をして、前向きに一歩ずつ成長していって欲しいと考えています。もちろん、難しい状況になっても当院にはサポートしてくれる指導医もたくさんいるので、私だけでなく、病院全体できめ細かに研修医を育てるようにしていきたいと思っています。

反対に先生が研修医から学ぶ事はありますか。

若い人の視点というのも非常に大事で、経験が浅いからといって彼らの意見を頭ごなしに否定するのではなく、良いところは思いっきり褒める様にしています。もちろん医療事故に繋がる可能性もあるので、間違っていればすぐに訂正してあげます。教育をするという事は、自分自身がきちんとしていないと成り立たないので、私自身もそれを意識していますし、中堅の指導医にもそのように伝えています。

研修医にどのような医師になって欲しいですか。

とにかく患者さんと対面して、患者さんが何に困っているのか、病気やケガ等から復帰するのにどう手を差し伸べてあげるのかという事を考えらえる医師になって欲しいです。それと当院は救急や災害医療に力を入れておりますので、瞬時に決断出来るような医師になって欲しいですね。それとこれが一番大事ですが、前向きに一歩一歩進んでいける医師になって欲しいと思います。

最近の研修医をご覧になって、どう思われますか。

最近叱られ慣れていない人が増えたなと感じています。他の職業であれば許されるミスでも、患者の命に携わっている医者にとっては許されないミスというのが当然あります。そういう職業に就くうえで、叱られ慣れていないというのは若干不安な部分ではあります。だからこそ、我々指導する側がしっかりしなくてはいけないと考えています。また、若い先生方は競争心が薄い印象を受けます。戦後日本の国力が大きく成長したのは、子供が沢山いて常に競争する環境があったからだと思います。近年日本が大きく成長していないのは、少子化もそうですし、競争するという意識が薄れてきているからだと思います。だからこそ、少なくとも医療の世界において若い世代の人たちは競争して、切磋琢磨しながら欧米や中国に負けない人材に育ってもらいたいと考えています。

「印象に残っている研修医がいた」というエピソードがあれば、お聞かせください。

女医さんなのですが、医師になるまでに一度OLを経験されて、子育てをしている時に医師になりたいと思い、医師になり当院で研修を受けられた方がいました。母親をしながら医師になった方だったので、「医師になる」という揺らぎのない強固な想いというのは見ていて非常に気持ちが良かったですね。今は小児科医を目指して大学病院に戻られていますが、後々は当院に戻って来たいと言ってくれています。その方は常にハングリー精神を持って研修を受けてくれていたので、素直に感心させられました。そういった方だったので、周りの研修医からも慕われていましたし、患者さんや指導医にも非常に人気がありました。

研修医に「これだけは言いたい」ということがあれば、お聞かせください。

「日々弛まぬ努力をする。」と「人と人との繋がりを大事にする。」この2点を伝えたいですね。仲間は非常に大切で、医療は一人では絶対成立しません。医師になると勘違いをして、偉くなった気になる人もいますが、その人だけで患者さんを治す事は出来ません。手術をする時も執刀医の他に、麻酔科医やサポートしてくれる医師、技師、看護師、病院職員など様々な人が関わって初めて成り立つものです。だからこそ、人と人との繋がりを大事にして社会を構築して、患者さんの為に働く事を知って貰いたいと思っています。

先生の研修医時代はどのようにお過ごしでしたか。

昭和の時代でしたので、ほとんど病院に住んでいました(笑)。一番長かったのは17日間病院に居たと記憶しています・・・。当時はまだ結婚していなかったのですが、私の今の妻が、病院にカンヅメの私に食事や着替えを持ってきてくれていた、そんな時代でしたね。もちろん医者も足りないし、今よりも技術も無い時代でしたから、人海戦術で患者さんと向き合っていました。こんな働き方は今じゃ通用しませんけど、そんな感じでした。それと私の時代は、今と違いスーパーローテートの研修では無かったのですが、私の医局は進んでいて、全人的に人を診ていくと言うコンセプトがありました。そのため、研修を受けていた消化器外科では、消化器だけでなく胸部外科、心臓血管外科、麻酔科などもローテートさせてもらっていました。そこは非常に良かったと思っています。

これから初期臨床研修病院を選ぶ医学生に向けて、メッセージをお願いします。

とにかく『百聞は一見に如かず』ですから、興味がある病院には自分で足を運び、可能であれば当直も含めて見学をして欲しいと思います。そうして、何軒か回って「ここであれば2年間頑張れる」という病院を見つけてもらいたいと思います。今の研修制度は全国どこでも研修先を選ぶ事が可能になっているので、多くの病院を見て自分に合う病院を見つけてもらいたいと思います。

北九州市立八幡病院のPRをお願いします。

市立八幡病院は新築されてまだ1年の病院です。内装や建物が新しくなっただけでなく、私が大学病院から当院に赴任した際に、病院の設計、医療機械の購入を任せて頂きました。医療機械も含めて一流の物を揃えています。例えばハイブリットオペレーションルームは西日本最大の広さとバイプレーンの血管造影装置、ハイスペックのCTを備えています。同様の設備を備えた病院は、昨年の段階で当院を含めて日本に2施設しかありません。整形外科で使用するクリーンルームなども西日本で最大の大きさにしています。また、小児科の患者さんは年間5万人以上も来院され、恐らく日本でも最大級だと思います。小児科に特化した部分で言えば、小児外来の待合室はガラスで囲ってあり、小児の患者さんと一般の患者さんでセパレートしています。病棟には入院した子供が遊べる中庭もあります。
さらに、当院が持っているヘリポートは最大離陸重量10トンにも耐えられるように設計してあり、九州で一番の規模を誇っています。災害拠点病院の機能も担っているので、ドクターヘリだけでなく、災害時にたくさん人が乗れる自衛隊や海上保安庁のヘリコプターなども離発着が出来る様にしています。このように最新かつ、小児科や救命救急、災害医療に特化している特徴のある病院ですので、ぜひ一度足を運んでいただければと思います。

血管造影装置を2層備えたハイブリットオペレーションルーム

最大離陸重量10トンにも耐えられるヘリポート

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