後期研修医インタビュー

医療法人 徳洲会

湘南藤沢徳洲会病院

神奈川県藤沢市辻堂神台1-5-1

名前 戸邉 駿一(とべ しゅんいち)先生
出身地 千葉県野田市
出身大学 岐阜大学
医師免許取得年度 2016年
名前 増田 暉(ひかる)先生
出身地 東京都新宿区
出身大学 日本大学
医師免許取得年度 2018年

医師を目指したきっかけをお聞かせください。

戸邉:

小さい頃から人のためになる仕事をしたいという思いは漠然とありました。母が病院の栄養士でしたので、私も病院に出入りする機会が多く、病院が身近な存在でもありました。男の子には「仮面ライダー理論」があります(笑)。私も正義の味方であるヒーローに憧れ、中学生のときから医師を目指していました。

増田:

医学部に行ったのは親の勧めがあったことが大きいですが、初期研修医として働くようになってから、医師という職業を改めて意識しました。医師になるということは医学部に進学するということではありません。医師は医者とも呼ばれますが、医者は医療をする者であり、医者と医師の違いは「師」の字の意味にあります。医師は働く姿勢を持ち、磨かれた人格を含むものだと、初期研修での指導医の先生方から学びました。そういう意味で私はまだ医者とも、医師とも言えませんが、働きながら人格を磨き、医師になっていきたいです。

学生生活はいかがでしたか。

戸邉:

日本の全ての医学生がそうであるように、私も部活動中心の毎日でした(笑)。私は中学、高校と吹奏楽部でホルンを吹いていて、大学ではオーケストラ部に入り、そこでもホルンを続けました。定期演奏会などに備え、朝からも一人で練習したり、かなり打ち込んでいました。

増田:

私は高校時代はグリークラブに入っていたのですが、大学では興味のあった演劇部に入りました。「新選組」などの2時間ぐらいのお芝居を定期公演や新人公演で取り組み、年に何度かの舞台に立っていました。

初期研修の病院を湘南藤沢徳洲会病院に決めたのはなぜですか。

戸邉:

関東近辺で忙しい病院を重点的に見学した中で、当院は当直回数が多く、後期研修でも忙しそうだったからです。ほかの病院を考えたこともあったのですが、巡り合わせだったのか、先輩から「徳洲会は強いよ」と聞いたことが大きかったです。実際に当院を見学したときも初期研修医が生き生きと働いていて、「強そう」な姿に惹かれ、当院を選びました。

増田:

私は大学病院も視野に入れていたのですが、母校は東京にありますし、何となく違和感があったんです。そのときに、湘南鎌倉総合病院で初期研修をしていた演劇部の先輩から「母校にはいつでも帰れるんだから、市中病院にしたら」と勧められました。でも、湘南鎌倉総合病院だと、その先輩に頼ってしまいそうでしたので、同じ徳洲会系列の病院であり、かつ知らない環境の当院に見学に来ました。当院では2泊3日の見学を組むことが可能なのですが、そこで初期研修2年目の先生方を見て、かっこいいと感動し、当院に決めました。

初期研修を振り返って、いかがですか。

戸邉:

二度としたくないぐらい、きつかったですね。初期研修のときの同期などと冗談半分で「もう一回、ここで初期研修をするのと、初期研修前に足切りに遭うのとどっちがいい」とか、「1億円もらうのと、初期研修をまたするのとどっちがいい」と話し合うぐらいです(笑)。しかし、日々できることが増えていき、地域医療に貢献できている自覚が出てくると、自分のするべきことが見えてきました。

増田:

私は1億円もらっても二度としたくないですね(笑)。1年目の8月頃まで、先輩方に怒られ続けました。そこで救いになったのが同期の存在です。私の同期は13人ですが、あのメンバーでないと乗り切れなかったかもしれません。初期研修はわずか2年間なのに、同期とは強い絆ができましたし、一生のライバルです。

先生方が内科を専攻しようと決められたのはいつですか。

戸邉:

初期研修1年目の後半です。診断学が医学的に面白いと感じたことと、私は訪問診療、家庭医療、緩和ケアに興味があるのですが、その軸になるのが内科なので、内科を専攻することにしました。

増田:

私は学生の頃から循環器内科がかっこいいと考えていたので、初期研修で循環器内科を3カ月回りました。そこで充実感があり、カテーテルにも興味があったので、2年目の5月頃に循環器内科に決めました。2年目の地域医療研修では1人で対応するのですが、高齢化に伴って出てくるマルチプロブレムやポリファーマシーに取り組むにあたってはジェネラルに診る力が必要だと痛感したので、まずは内科を学びたいと思いました。

後期研修で湘南藤沢徳洲会病院を選んだのはどうしてですか。

戸邉:

病気を診るのではなく、人を診る医療を実践できるのは当院だと思ったからです。忙しいし、責任を伴うので、トレーニングしていかなくてはいけません。妥協すると、それがスタンダードになってしまうので、当院では私を含め、誰もが妥協せず、怖いんです(笑)。

増田:

私は初期研修だけを当院で過ごそうと思い、当初は住民票も移さないつもりでした(笑)。それで、ほかの病院の循環器内科に見学に行ったのですが、どうしても熱意を感じられず、やはり当院にしました。

後期研修で勉強になっていることを教えてください。

戸邉:

当院での後期研修は総合内科が軸になっています。日本ではジェネラリティのある専門医を目指させる傾向にありますが、ほとんどの医師がストレートに入局していた時代から当院ではジェネラルな研修をしていましたので、伝統があります。決して派手な存在ではないけれども、縁の下の力持ちのような、本当の意味での総合内科を学べます。初期研修から通して、意味のある5年間を過ごせたと思っています。

増田:

ジェネラルな部分はもちろん、医師としての姿勢です。指導医の先生方の、患者さんに挨拶をしたり、靴を揃えたり、ごみを拾ったり、ときにはおむつを変えたりする姿勢に人としての優しさを感じますし、学ぶことが多くあります。

指導医の先生方のご指導はいかがですか。

戸邉:

当直明けといった言い訳も通用しませんし、妥協はないですね(笑)。でも、気さくに接してくださっています。主治医意識と責任感を持って、患者さんを診ることの大切さを学ばせていただいています。

増田:

朝7時にいらしている先生方もいますし、とても熱心だと思います。病棟で急変があったときに、DNAR指示をすることがありますが、そういったときの先生方の姿勢にも学ばされます。

病院に改善を望みたいことはありますか。

戸邉:

私は休みをあまり必要としていないのですが、昨今のワーク・ライフ・バランスの風潮からすれば、もう少し休日があってもいいのかなと感じています。

増田:

上司を休ませるシステムは必要ですよね(笑)。ERが充実していることは当院の大きな特徴ですが、スタッフの労働環境がより整備されればと思います。

初期研修医の指導にあたって、気を付けていることはありますか。

戸邉:

妥協すると、それが一生のスタンダードになるので、妥協しないことを心がけています。増田先生は私が後期研修1年目のときの初期研修1年目でしたので、「こいつらの基礎を作ってやらなくてはいけないんだ」と気合が入っていました(笑)。2つ下は特に思い入れのある世代です。

増田:

私もその後期研修1年目になり、初期研修医への指導が始まりました。「怒らないこと」を目標にしたものの、なかなかできていないですね(笑)。初期研修医の中には後期研修で当院に残る人と出ていく人がいます。当院に残る人はともかく、出ていく人についてはどこに行っても恥ずかしくないよう、きちんと教育して送り出さなくてはいけません。「これでいいか」ではなく、辛い2年間を過ごしつつ、多くのことを学んでほしいです。

当直の体制について、お聞かせください。

戸邉:

月に6回から7回あります。初期研修1年目1人と後期研修医1人の2人体制です。後期研修医になってからの当直では内科的な責任者となりますので、不測の事態などは緊張しますね。

増田:

私は現在、肝胆膵内科にいますが、一般内科当直を同じく月に6回です。初期研修医1年目1人、後期研修医1年目1人に、サードという立場で医長や部長クラスの先生が加わっての3人体制です。後期研修医になって初めての当直では2人を入院させたのですが、そのコンサルトに慣れず、とても疲れました。

カンファレンスはいかがですか。

戸邉:

総合内科では後期研修医が仕切って、初期研修医を教育する場としてのカンファレンスを行っています。初期研修医がプレゼンをし、それに対して、後期研修医がエデュケーショナルなことをコメントしています。

増田:

雰囲気は軽くないですね(笑)。朝からピリッとした空間ですし、泣いてしまう人もいます。初期研修医は色々なデータを暗記してプレゼンするのですが、ここで型を覚えることはとても意味があります。また、2年目の初期研修医が1年目に教えるランチカンファレンスや、スタッフの先生方による夜のカンファレンス、後期研修医によるカンファレンスなど、様々な形で開催されています。

コメディカルのスタッフとのコミュニケーションはいかがですか。

戸邉:

医師が患者さんのためにできることは1割に過ぎず、残りは看護師さん、リハビリのスタッフなどのコメディカルの方々が頑張っています。医師として自分が10割をしているのだと思ってはいけないですね。コメディカルの方々とはたまにコンフリクトもありますが、患者さんのためにしっかりコミュニケーションを取ることを意識しています。

増田:

映画の「パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー」の審査委員会の席で、パッチが言った「患者さんのことを分かっているのは看護師で、医師ではない」という言葉が印象に残っています。医師ができることは知れているので、コメディカルスタッフとの情報共有が大切だと思います。

何か失敗談はありますか。

戸邉:

以前は一杯あったのですが、後期研修が進むにつれ、怒られる機会が減りました。しかし、患者さんやご家族との話の仕方が良くなかったり、患者さんの管理が甘くなったという失敗はあります。驕り高ぶること、たかをくくることがないように気をつけたいです。

増田:

私は態度が悪いと、よく怒られていました(笑)。当院は低い学年でも責任を負わされますが、私は靴を揃えるといった所作や人との対応の仕方がなっていなかったんです。2年間で少しは成長したかなと思っていましたが、最後の2カ月で地域医療研修に行った際にまだまだだったと反省しました。

研修医同士のコミュニケーションは活発ですか。

戸邉:

医局はワンフロア制になっていますが、年次順にデスクが並んでいるので、皆の席が近いんです。日中は忙しいのですが、18時、19時ぐらいに医局に戻ってきたときに話し合っています。私の同期は5人いますが、それぞれの苦手なことを相談し合ったり、医学に関係なく、結婚の話などもしています(笑)。

増田:

私の同期は3人です。1人は他院で初期研修をしてきた人なので、これから仲良くなるのが楽しみです。

今後のご予定をお聞かせください。

戸邉:

当院で呼吸器内科を学び、内科の専門医を取得したいと考えています。ほかの病院でも経験を積みたいのですが、当院が好きなので、良い関係をこれからも続けていきたいですね。

増田:

私も当院が好きなので、後期研修終了後もしばらくは当院で頑張るつもりです。その後、ほかの病院に行く機会があれば、高度医療を学びたいと考えています。

現在の臨床研修制度について、ご意見をお願いします。

戸邉:

スーパーローテート制度には大賛成です。ただ、システムが良くないとモラトリアムな2年間を過ごすだけになってしまうので、注意すべきでしょう。当院は初期研修2年間を通して救急の当直がありますし、ジェネラリティを高められるシステムになっています。

増田:

辛いことには理由があります。ただ、ハイパーな病院で初期研修をしたからといって、尊敬できる医師になれるかどうかは分かりません。しかし、当院で初期研修をすれば、ガッツのある医師になれると思います。

専門医研修についてもご意見をお願いします。

戸邉:

私はこの専門医研修制度の1期生ですが、高く評価しています。これだけ高齢者が増えた社会では高齢者のマルチなプロブレムに対応できる赤ひげ的な医師が求められます。スペシャリティだけでは対応できませんので、急性期医療から在宅医療、看取りまでを診られるプログラムでないといけないと思います。

増田:

今のところ、J-OSLERに登録しただけで満足しています(笑)。今の時代はジェネラルな医療が必要とされますので、当院のプログラムでしっかり学んで社会貢献していきたいです。

これから後期研修の病院を選ぶ初期研修医にメッセージをお願いします。

戸邉:

良い医師なのか、そうではないのかという見方には正しいことと正しくないことがあるでしょう。しかし、医師として強いのか、強くないかという分け方はシンプルです。強い医師になりたい人は是非、当院に来てください。ハードかもしれませんが、良い研修ができるはずです。吉田松陰の「草莽崛起の人を望む外頼なし」という言葉にあるように、在野の立場の人々が立ち上がり、力を結集して困難に立ち向かっていきましょう。

増田:

後期研修の初日、私は朝5時半に出勤しました(笑)。でも、同期は既に来ていて、このままだと負けるかもと焦りました。辛いですが、このままで良いのかという気持ちを持ち続けたいものです。私は初期研修での地域医療研修先は山形県の新庄徳洲会病院だったのですが、そこでお世話になった先生が最近、電話をくださいました。その優しさに触れ、私もこういう医師になりたいと改めて思いました。初期研修医の皆さん、是非、見学にいらしてください。

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